僕は要領が悪い。
何をするにも、他人より数歩遅れる。
社会人になってから、それは顕著になった。
働く上では致命的な欠陥だ。
だから努力した。
効率性向上に関する本を読み漁り、実践。
結果はある程度ついてくる。
でも、しんどかった。
苦手なことを頑張り続けるのは辛い。
マイナスをゼロに近づける努力は継続できない。
だから、別の解決策を模索した。
いろんな本を読み漁る中で、僕はミニマリズムと出逢う。
ものを減らすことで、やるべきことを減らす。
それは仕事上のことだけじゃない。
プライベートも含め、自分がするべきタスクを極限まで少なくするのだ。
自分を変えられないなら、仕組みを変えるしかない。
僕の断捨離生活が始まった。
まず、テレビを捨てた。
観たい番組がそもそもない。
次に、財布を捨てた。
キャッシュレス決済で事足りる。
そして、車も手放した。
職場の近くに住めば、移動手段は足で済む。
捨てれば捨てるほど、身軽になるのを感じた。
それに伴い、頭の中がクリアになっていく。
やがて仕事もスムーズに進むようになり、職場で一定の評価を貰えるようになった。
気をよくした僕は、断捨離をエスカレートさせる。
パソコンを売却した。
情報収集はスマホで充分だ。
勉強机と椅子を捨てた。
パソコンがなければ座る必要もない。
リビングルームには残ったのは、冷蔵庫と折り畳みベッド、キャットタワーだけだ。
それでも僕は止まらなかった。
シャンプーやリンス、洗顔料を捨てた。
風呂場には牛乳石鹸だけが残った。
頭を丸刈りにした。
髪を乾かしたり整えたりする手間を省くためだ。
もっと効率的に。
もっと捨てないと。
もっともっと。
なにか捨てられるものはないか。
部屋の中を見回していたとき、猫と目が合った。
キャットタワーの最上部に香箱座りをして、僕を見ている。
そういえば、最近ずっとそこにいるなぁ。
なんでだろう。
僕はふと思い出す。
そうだ。
以前は別のところにいたんだ。
机の上。
僕がパソコンを使っている間、その横でずっと寝ていた。
それに気づいたとき、自分が誰かと重なった。
とても滑稽な、誰か。
それは 【モモ】という小説の登場人物だ。
“灰色の男たち”にそそのかされた、街の人々。
効率性こそが豊かさだと信じ、何かに追われながら生きる人々。
時間を節約することで、大事なものを失い続けている人々だ。
僕はスマホを手に取って、アマゾンのアプリを開く。
3つのものを、すぐに購入した。
安いパソコン、椅子、以前よりも大きな机だ。
数日後、僕は椅子に座り、机の上に乗せたパソコンで作業をしていた。
画面が見づらいのは猫のせいだ。
尻尾がワイパーのように往復し、一定のリズムで僕の視線を遮る。
こちらに向けられたお尻を眺めながら、僕は思った。
効率性は大事だ。
そのために、無駄を省く必要はある。
でも、「無駄なものは何か」を判別できるほど、僕は賢くない。
“豊かになるための無駄”をきちんと見極めなければ。
僕は指先で、尻尾の付け根をトントンと叩く。
「すいませんでしたね。寝る場所うばっちゃって。」
尻尾がピコピコと揺れた。
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